当時の参考記事が見つからないので手書きになるが、トラウマは逆に当時のこと繰り返しを思い出すことで回復に繋がるので、途中で思い出してパニックになる自分のことを今は責めていない。
トラウマになっていることを、あえて自分自身のブログに出すこともアリ。表で見せるということは、思考が偏らないよう言葉を踏み留まらせたり、自分の間違いにハッと気付いたりもする。
あとはテトリスがよい。
個人的にはテトリスじゃなくてもよいとは思うけど、テトリスがよいと言われているので一応メモ。
トラウマや不安に襲われそうになったら、何かに集中することもアリ。
ゲームでもいいし、プログラミングにひたすら打ち込んでもいいし、絵をひたすら描き続けてもいい。
最初は逃げる気持ちでもいいから走る。いつの間にか走ることに気持ちよくなっていたらOK。疲れた頃にはなんかいろいろ忘れてる。
トラウマや不安に対する注意点(持論)
トラウマの起因が人にある場合の注意点として、バッシングするのは過去。現在進行形の人はNG(最悪のケースでは、誹謗中傷になってしまうので)
明確な特定に繋がるところは伏せ字にするか、話を濁すこと。
あとは、現在進行形で人を憎まないこと。逆にトラウマや不安に呑まれてしまう可能性が高くなる。
もしかすると、現在進行形で人に対する憎しみを許してくれる人間が周りにいるかもしれないけれど、その人たちの優しさや甘い言葉に必要以上に縋り付かないこと。現在進行形で人に対して憎しみを抱えることを許してしまうと、自分に対して強力な免罪符(被害者意識)を得てしまい、最悪自分が憎んだ人と同じ事をしてしまう恐れもある。
私が好きな残酷な言葉は、
「加害者は被害者の顔をしている」
酷い仕打ちを受けた中、とても残酷なことかもしれないが、トラウマや不安に呑まれないよう自分のことはしっかり呪っておかないといけない。
自分が憎んだ人と同じ事をしてしまうのを避けたいなら、被害者という免罪符を武器にしないこと。
極めて強力な武器を自分の正義のためだけに振るうことになるのを避けるくらいなら、弱音ならまあどれだけ吐いてもいい。